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回路量子電磁力学 (Circuit Quantum Electrodynamics)
1. 序論
共振器量子電磁力学(Cavity Quantum Electrodynamics、CQED)における原子と光共振器の相互作用とのアナロジーで、回路量子電磁力学(circuit QED、cQED)は量子ビットとマイクロ波共振器との相互作用を記述する単純なモデルです。このモデルは、共振器中の光子数、原子(量子ビット)の状態、原子(量子ビット)と共振器との電気双極子相互作用を含みます。前節で見たように、トランズモンは多準位系ですが、トランズモンの非調和性(Anharmonicity)により基底状態 と第一励起状態 に限定することができます。従って、トランズモンを、以下のパウリスピン行列で記述した量子ビットと考えることができます。 これらはブロッホ球の各軸周りの回転を意味します。この相互作用を記述する最も単純なモデルは、回転波近似をしたJaynes-Cummingsハミルトニアン です。 と はそれぞれ共振器と"量子ビット"の共振周波数で、 () は共振器中の光子の消滅(生成)演算子、 は電気双極子の結合(真空ラビ分裂の半分)です。ここで、演算子のハットを省いています。この式で、第一項は共振器の中の光子数、第二項は量子ビットの状態、第三項は電気双極子相互作用に対応し、 は量子ビットの昇降演算子です。(前章で述べたように、スピンの昇降演算子と逆符号になっています。)
このハミルトニアンは厳密に解くことができ、解は量子ビットと共振器の状態のハイブリッドになっていて、共振器中の光子と量子ビットが共振()している時、それらの励起のスワップがレート で起こっています。例えば、第3項の は、共振器内に光子を生成し、量子ビットを から に下げ、 は逆に光子を消滅し、量子ビットを から に上げます。興味深い現象ですが、量子コンピューターにとって、扱いたいのは量子ビットであって、このようなハイブリッド状態ではありません。これは、共振器が量子ビットの摂動として振る舞う(逆も成り立つ)ようにしたいということで、従って互いの存在に "dressed" された状態になります。 Schrieffer-Wolff (S-W) 変換と呼ばれる摂動論を用いることにより、望ましい形で量子ビットと共振器の特性を計算できるようになります。ここでは、量子ビットにこの手法を適用していますが、同様の手法はトランズモンの全準位に適用できます。トランズモンの高準位では、無視できない効果が表れ、設計・シミュレーションの際に考慮しなければなりません。
以下の有効ハミルトニアン がブロック対角化されるように、演算子 を求めます。
は の逐次近似()であり、交換関係の一般項は再帰的に
と定義します。ここで、 を の次数を持ったテーラー級数で表し、
有効ハミルトニアンを の 2次までの摂動で展開します。
ここで、 の非ブロック対角項を消すために、 は非ブロック対角で反エルミートでなければなりません。その結果、 の非ブロック対角項は
となります。ここで、1つ目の級数の交換関係 は非ブロック対角であり、2つ目の級数の交換関係 はブロック対角です。これは、ブロック対角行列と非ブロック対角行列の交換関係は非ブロック対角であり、2つの非ブロック対角行列の交換関係はブロック対角になるからです。1つ目の項は、 ( は奇数)、1つ目の項は、 ( は偶数)と表記することもでき、これらは全て非ブロック対角になります。ハミルトニアンの非対角項を2次の摂動まで展開すると、
となります。 の各次数でゼロになるため、 を以下の式で決めることができます。 これらの式を満たすアンザッツが一意に決まることはWinklerによって示されました。この結果、有効ハミルトニアンは
とブロック対角化されます。ここで、 としました。
3. Jaynes-Cummingsハミルトニアンのブロック対角化
S-W変換を行う際に2つ問題があります:1) 正しいアンザッツを見つけることと、2) 計算を実行すること、です。多くの例では、非対角項 と似た形のアンザッツ( を反エルミートにしたもの)を用い、帰納的に確かめます。最近、arXivに掲載された、A Systematic Method for Schrieffer-Wolff Transformation and Its Generalizations という論文では、システマチックにアンザッツを得る方法を示し、以下に示したJaynes-Cummingsハミルトニアンを含め多くの系に適用しています。
この方法では、ジェネレーター を と計算し、その係数を未知とします。 を満たす の係数を求め、 とします。ここで、 と のエルミート性から、 や が反エルミートであることが示せます。
計算を簡単にするために、代数計算のためのPythonパッケージ sympy を用います。
sympyでdoit()、expand、normal_ordered_form、qsimplify_pauliのメソッドを用いることで、交換関係の演算を行い、展開し、ボーズ粒子を正規順序(生成演算子、消滅演算子の順)にし、パウリ代数を簡単化できます。これを に適用します。
ここで 、 をそれぞれ 、 の係数とすると、交換関係 は以下のようになり、
これが と等しくなるので、
であることがわかります。ここで、 は共振器と量子ビットの周波数差です。従って、 は
と求まります。そして、 に2次の補正を加えた有効ハミルトニアンを以下のように計算することができます。
これは以下のように書き換えることができ、 これは共振器周波数がac Starkシフトと呼ばれる量子ビットの状態に依存した周波数シフト を受けることを示し、同時に量子ビットの側ではLambシフトと呼ばれる量子的真空場のゆらぎによる周波数シフトを示しています。
5. cQEDでの量子ビットのドライブ
Blais et al (2004) より、ドライブハミルトニアンを とし、これをJaynes-Cummingsハミルトニアンに加え、ドライブ周波数の回転座標系に変換します。 ここで、 、 です。Lev Bishopの博士論文 に示されるように、以下のGlauber演算子を用いて、ドライブが量子ビットに直接作用するよう変形します。 Hadamardの補題 を用いて以下の計算をすると、 は を だけ変位させるように作用することがわかり、
従ってハミルトニアンは以下のようになります。
ここで演算子を含まない項を落としました。以下の式を満たすように を選ぶと、最後の行はゼロになります。
最後に、Rabi周波数 を導入すると、ハミルトニアンは
となります。ハミルトニアンのドライブ項は非ブロック対角なので、Schrieffer-Wolff変換を適用します。ここでRabi周波数を実数とします()。
これを有効ハミルトニアンに加えると、以下の式が得られます。
ここで、 回転を除去するために、Lambシフトした量子ビットでドライブする必要があることがわかります()。もう1つの 項は、分散結合領域(dispersive regime)では となるため無視できます。
6. 交差共鳴 (Cross Resonance) ゲート
量子ビット1を量子ビット2の周波数でドライブするハミルトニアンは、以下のように書けます。
2つの量子ビットとその相互作用を表すハミルトニアンに対するS-W変換のアンザッツ を用いて、ドライブ項にS-W変換を適用します。
の回転座標系に移ると、有効交差共鳴ハミルトニアンを得ます。
始めの2つの項はそれぞれ、量子ビット1へのStarkシフトによる 相互作用、量子ビット2の無条件 回転に関連し、最後の項はエンタングルメントを生じる 相互作用を示します。量子ビット1を と の等しい重ね合わせ状態にし、軸周りの 回転に相当する交差共鳴ゲートを適用すると、最大のエンタングル状態が得られます。このチュートリアルで、トランズモンの交差共鳴ハミルトニアンをQiskitで特性評価しています。他に交差共鳴ゲートについての参考文献として、 Chow et al (2011) や Sheldon et al (2016) もあります。